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コラム(1991年):コンピュータ時代を築いた男たち(1) 1~6
1.フォン・ノイマン
コンピュータより計算の早かった”悪魔”と呼ばれた男。
世界初のコンピュータを開発したのはドイツからの亡命数学者フォン・ノイマン。
0101・・・の2進法で処理される現代のコンピュータが「ノイマン型」と呼ばれるのはそのため。
当時彼は、世界で最も計算の早かった男と言われ、同僚の研究者たちはノイマンの事を「悪魔が人間の皮をかぶっている」と表現していた。
そのノイマンが世界第1号のコンピュータを完成させたときの第一声はとくに有名。
プログラマーであった妻を前にして、彼はこう叫んだという。
「これで、世界で2番目に計算の早い奴がうまれたぞ!」
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2.チューリング
スパイ小説の主人公のような生涯。
「ノイマン型」コンピュータのモデルとなった「チューリングの機械」は、英国の数学者アラン・チューリングが1936年に提唱したもので、プログラム内蔵という方式もその時彼が示唆している。
数理生物学の先駆者でもある彼は、第二次大戦中は英国情報部の暗号解読に携わっていた。
42歳という若さで亡くなった彼の死については、同性愛裁判を苦にしての自殺説や、敵国スパイによる暗殺説など、謎に包まれたまま。天才数学者というよりは、すでに007の世界なのである。
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3.ゲーテル
情報数学が”閉じて”いないことを示唆した男。
20世紀における論理学、数学基礎論のもっとも偉大な発見といわれるゲーデルの「不完全性定理」。
この発見は現在も、コンピュータビリティ(=計算可能性)を測定するためのチューニングの定理と密接に関係している。
つまり、アルゴリズムや、機械的方法による有限個の記号を対象とした有限回の操作で実行できるような方法では、原理的に解けない問題が存在することを明らかにしている。
コンピュータの限界を示しているようにも見えるが、本質的な意味では情報数学の世界もまた”閉じて”はいないと理解すべきだろう。
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4.ウィーナー
チャールズ川のさざ波から生まれた”舵取り学
アメリカの数学者ウィーナーが創始した、生物と機械における通信・制御・情報処理の問題を統一的に扱った総合科学「サイバネティックス」。
これがなければ、現代のコンピュータ技術に飛躍的な進歩がなかったのはたしか。
彼は14歳でハーバード大学大学院に進んだほどの神童であったが、20歳以後は電気技師や新聞記者などの職を転々として、ブリッジクラブや映画館をうろついていた。
その頃、チャールズ川のさざ波を眺めていて思いついたのがこの学問というから、青春の彷徨もムダでないという証か。
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5.シャノン
企業メセナの先駆者
通信によって送られてくる情報を数学的に扱う方法を示し、情報量の概念を定義し、情報の実像を明らかにしたのはアメリカの応用数学者シャノン。
情報におけるビットやエントロピー、符号化、冗長性といった、考え方が整理されたのはすべて彼の業績。
マサチューセッツ工大でウィーナーに教えをうけていた彼は、大学卒業後、ベル研究所に入り、電話通信の問題からこの情報論文を発表するにいたった。
利益を追求する企業にあって”公共性”のある学問を創造しえたという点も、彼が残した偉大な業績のひとつだろう。
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6.ブール
ハングリー精神が生んだ論理代数
NOT、AND、ORという3つの関数で行うコンピュータの論理解析の基礎を築いたのは、英国19世紀の数学者のプール。彼の考案した「ブ-ル代数」がリレー式の回路に応用され、論理ゲートが生まれた。
エリートの多い数学会ではめずらしく、彼は独学の人であった。
靴修理職人だった父が商売の才なく店をたたみ、図書館の管理人になったことから彼の運命は開かれる。
何しろいつでも自由に高価な学問書が読めるのである。
49年という短い生涯であったが、晩年は王室ソサエティの会員にまでのぼりつめている。
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